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2009年03月13日

雲の上、或いは深淵

この記事を読んでいて、

『映画でも、もしかすると文学でも、ずっと過去の引用の積み重ねになってますよね。』(ページ2)

というセリフにふと目を奪われて。
全ての創作活動や創作物は過去の物の焼き直し、だとか、過去の創作物の影響下に新たな創作物が芽吹いていく、とか、そういった捉え方・説は方々で色んな人――受け手から研究者から送り手自身まで――実に色んな人が語っていることなのでこの際どうでもいい(*)ことなんですが。

じゃあ何故――それも何で今更? と自分で思うほどに――目を奪われたかと言えば、それはその「積み重ね」という単語のチョイスに得も言われぬ引力を感じたため。

積み重ねているならば、段々と足元の標高が上がっているのだろうかな?

だとしたら、積み重ねて積み重ねて、例えば「文学の高み」なるものがあったとして、そこに辿り着いた時に、その辿り着いた人は一体どんな景色を見て、他者はその人から一体どんな光景を見せられるんだろうな――

と、ふいに思って。


そして何故だかちょっと、ゾッとして。


なんでだろうなー。
なんで、ゾッとしたんだろう。


……眠かったからかな(オイ



* まあ「どうでもいい」とは言いすぎかなとも思うけど、ここらへんのことを例えば科学的に証明しようとし出すと、多分、その創作物の分野のみならず認知・発達心理学なり神経科学やら哲学等々含めて多角的に論じないと詰められなくなってくる上にキリがないと思うので。

投稿者 楽遊 : 2009年03月13日 01:09

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