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2009年08月21日

覆面作家企画4:Bブロックの感想

Bブロックの感想でございます。

盛大にネタバレをかましています。未読の方はご注意です。
明後日の方向に向いた深読みをしている可能性があります。
作品には直接関係ないかもしれないけど読んでいる最中に呼び起こされたイメージ方面に話題を展開すると感想が長くなる傾向があります。
勢い任せにおかしなことを口走っている場合があります。
勢い任せに書いているため、所々読みにくい・理解し難いところがあると思いますが、仕様です。
作品によって感想の方向性が変わります。仕様です。

お手柔らかにお願い申し上げます m(_ _)m



B01  夢追い人の系譜

長編の導入部、といった様相。
そしてその長編は……ファンタジーの、一般小説にも児童文学にももっていけそうな姿。ああ、でも、主人公はちょっと大人っぽいので一般小説かな? あ、この場合の一般・児童ってもちろん対象年齢のことを言ってます。で、この対象年齢って、作者さんのサジ加減一つという。ああ、蛇足ですね。

さて、アリアがかわいいこと!
これはストーリーへの感想と言うよりは“僕が思う技術”への感想になっちゃうんだろうけれど、この小説の始まりはアリアの言葉。それと同時に、こちらも「話題のソレは何だ?」と引き込まれ、自然アリアに説明をするバンリの言葉に集中する。――と、またそれと同時進行で、この『アリア』ってどういう子なんだ? と。
アリアが提示した謎の品は地図だとすぐに判るけれど、もう一つ沸いた疑問の『アリア』像はなかなか定まらない。謎の品が地図という身近なものだと判明した以上、それが持つ読み手の興味を引く力の大部分は失せてしまう。そのため、下手をするとバンリの言葉は単なる“地図の説明”にしか過ぎないものとなり、そうなってしまえばただ読者は説明を聞くだけになって――最悪退屈だけを感じてしまうのだが、それをここでは『アリア』がうまくカバーしている。
タメ口で、何となく偉そうだけど、子どもっぽい。バンリとの関係性も何だか一筋縄じゃいかないものを感じるし、小出しにされる『アリア』の容姿やキャラクター情報を受けて、まるでパズルを組み立てていくように頭の中にその全体像が完成されていく。と、同時に、読者はアリアと一緒に知っていくという共感を得られる。
そしてその全体像が完成された時、バンリと精霊アリアの主人公コンビの象も完成されて物語りに踏み込む準備が整う。だから、その直後に書かれるバンリの一定の方角に向かう心境に綺麗に乗ることができる。もちろんバンリとアリアの関係にはまだ謎が残っていて、さらには地図という冒険や探求を誘うアイテム(しかも作中で素晴らしい味付けがされている)があり、亡き祖父という明確な目標設定がなされることで、旅に出るという展開への期待感が膨らまされる。また、そこには高揚感だけでなく、亡き祖父への憧憬というような切なさもあり、その二つにバンリとアリアのキャラクター性が合わさってこの作品特有の雰囲気を作り出している。
上手い。
けど、だからこそ、ここで終わりか……と思ってしまうのが、ちょっと残念。もし長編となったら、ところどころで切なさ噛み締めながら旅をしていく物語になるんだろうなぁ。冒険よりも、人情寄りの。

そうそう、「地図」というものへの解釈にはハッとさせられました。『地図を作るために世界を歩いていた、たくさんの人の道が、このたった一枚の地図につながっているんだよ』という言葉に、何だか学生のころに見ていた――今では車の中で見る――地図の存在感が、何か……物凄い重みを帯びましてね……。




B02  a Fairy tale, a Fair liar 注

『ソウビにレン、カンパネラ』ってどんな花だ? と調べてみたら、どれもバラの品種のようですね。……って、間違ってたらあれだけど。

最後まで読みましてね、ええ、それでこの感想を書こうと考えていましたらね、ええ、ちょっと混乱してます。
何を混乱してるんだ? って? 簡単な話ですよ、あなた。このお伽噺(フェアリーテール)が、どこまで嘘かってことです。
語り手の婆様。彼女こそが彼女の語ったレン姫自身だったのか。それとも片足の不自由な姫様に自分を重ねて作った創作話だったのか。それとも、はたまたこの話自体が全て虚言だったのか。
素直に取ればね? この話はタフなレン姫すげー! と感動しながら、語り手の婆様がやはりレン姫だったんだな? とニヤリとして終われるわけです。なかなか幸せそうな生活もしているようだし、何となく『弟王』を打倒して『今の王』を影から操ってそうな気もするんですよ。痛快です。

だけどね? 気になるところが妙にチラホラ。

例えば『前からそうだったけれど、おなかが膨らんでくるとさらにずぶとい女になった』とあるけれど、いや、逃げ出したじゃないですか、レン姫。一度王子のところから、プレッシャーに耐え切れなくなったのか。この脱走エピソードを読んだ時点では僕の中でレン姫様はわりとか弱いイメージだったんです。後に強くなったというのなら『前からそうだったけれど』がくるわけないし……と。
それに葡萄の種の件もちょっと解せない。なんでガナルは葡萄の種を見つけた時点でそれをレン姫の報せだと思ったのか。もちろん一点に向かって並ぶ種を見て「レン姫からの報せでは?」と疑うのは分かるけど、いきなり抜け道掘っちゃうほど確信できるものなのか? と。それまでに葡萄にまつわる話もなかったし。で、これは単純な誤記なだけかもしれないけれど、ガナルの名前、最後の段でウガルになってる。婆様がリアルタイムのアドリブで“作っている”話だとしたら、この揺らぎは『この話は嘘』というサインとも取れるわけで……。
さらにはもう一つ。
この感想の冒頭に書いた文。そう、『ソウビにレン、カンパネラ』ですよ。ここに『レン』がいる。この文が出た時点と直後で、最も印象に残らないのはおそらくレンでしょう。婆様が特に話題に出したソウビと、なんか色々どっかで聞いたことのあるカンパネラ。それらに挟まれた、レン。普通、レン姫について話し出すとしたら、「レンと言えば同じ名前を持った姫様が~」みたいに触れられてしかるべきだと思うんですよ。それとも文中の一文を勝手ながらいじらせていただくと、『だって、レン様は――その子はレンっていったんだけどね、レン様はたいそう醜かったのだもの。』じゃなくて「だって、レン様は――そうあんたの持つ花と同じ名前でいらしったレン様はたいそう醜かったのだもの。」みたいにちょっとは触れると思うんですよ。でも、触れない。てことは、そこから連想したことを気づかせたくないのかな? とね?
とどめは、タイトルですよ。
Fair liar。
公平に嘘をつかれているような気がしてならないのです。
作中の聴き手である花売りに対しても、読者に対しても、婆様は公平に嘘をついているような気がしてならないのです。さてそこで考えるのは、婆様が読者に対してつける最大の「嘘」は何かということ。結論としては、それはやっぱり婆様が実はレン姫じゃない、っていうことじゃないのかなー……と。そう思えてならないのです。

……う~ん。
と、ここまで書いたところでこう言うのも何ですが、どうにも作者さんにまんまと踊らされているような気もするんだよなー。んー。




B03  地に降る

画面見た瞬間の感想を一つ。
字の見た目の密度や段の行数とかが整然としていて、これがフェイクだったら凄いな、と。まるきり文体変えないとできないと思う。というわけで、これは字面の雰囲気から作者さんを探せるはず!(←ワトソン的発言。どなたか探偵様、たしなめてください)

そして上の感想はそのまま作品への感想にもつながって、なんともきっちりとした文章を書かれる方だなぁと。無駄を削ぎ落としたスマートさ。構成・展開、美しい――美しい、けれど、その中に描かれているのはなんとも不完全な人の業、とでも申しましょうか。
すれ違いばかりの皆々。為政者は民とすれ違い、生き残った姫は彼女を救わんとする臣下とすれ違い、その姫・梨凛とその最も忠実な臣下・玲明と一人の女と男としてすれ違う。そうしてすれ違ってばかりいるが故に『道』を誤り続け、進む先は血の混じった沼の底。王侯のプライドがいたずらに戦火を燃やし続け、梨凛の意地が――あるいは妄執が王侯と民の命を奪い続け、その罪を玲明の意志が――あるいは後悔が広げ続ける。
その、不完全な人間が人の上に立ち、人の上に立った者が歪となった現実に気づかず、それとも気づきながらもそれを放置していたが故の業が、悲しい。

……と、ここまでは主人公サイドに感情を寄って思ったこと。

ここからは、民衆サイドに立っての僕の感想。
こんな為政者は嫌です。というか、反乱くらったことを感傷的に悲劇的に回顧するような為政者サイドは嫌です。
それを最も端的に表している文はこれでしょう――『国民と王家が同じ方向を向いている時は良かった。』――個人的には、これは王家側に掛かる罪は国民側に掛かる罪よりも軽いと思っているように感じる。あるいは、王家の責任を軽くしようというレトリックに感じる。もちろん非常に感覚的なことなんだけど『王家が国民と同じ方向を向いている時は良かった。』と順番を入れ換えると、道を逸れていったのは王家の方だ、という印象が強くなる。だけど“国民と王家が”と並列に語ると道を逸れていったのは双方同時だ、という印象が強くなる。無論、それは一面として正しいのでそう考えるのは間違いではない。けれど、玲明がこの期に及んでそう感じてどうすると(ここに誰がそう思っているか、と明示する主語はないので単純に語りの地文と捉えることもできるけど、文脈的に視点は玲明なので)。
しかも玲明は直前で『裕福な暮らしを取り戻すために戦う貴族とは違い、彼らは生きるために剣を取り、家族を生かすために戦っている。』と己の立場を悪としているとように認識しているのに、結局はそれかい! なーんも変わってないなお前! と。
でもこれは玲明の性質としてはとても正しい流れなんですよね。己の愛した女性のために自分の感情を犠牲にしたと、それを言い訳にして、本当は己の愛した女性こそを自分の仕える“国”のために犠牲にした事実から逃げていた男の言い様としては。口を悪く言うならば、玲明の言動には一貫してナルシシズムを感じてしまう。
梨凛についても、彼女は最後まで自分の背負っているはずのものの大半を無視している。結局は、求めるものの対象が玉座から男に変わっただけじゃないか。いや、最初っから執着していたのはつまるところ玲明で、それに“玉座という覆い”を被せていただけか。だって、子を王にしたいのならば、この状況なら亡命の受け入れを申し出てくれた国があるんだから一度逃げて捲土重来、亡命先の援軍を得て反乱軍を叩くのが一番のはずだもの。
そう考えるとさ、梨凛と玲明は、つまり最初から最後まで二人の世界に閉じこもっているだけじゃない。その過ちの対価は、あまりにでかすぎるよ。

……えーっと。
変にきつい感じになりましたが、これは作品がしっかりとした骨組みを持っていて、完成されているから。惹き込まれた。だから、歯がゆい。“権力者の悲劇”という枠組みの物語全てに感じる“権力者の悲劇の下にあるたくさんの悲劇”が。
でも、かといってそのたくさんの悲劇を防ぐためにお前ら(権力者ら)だけは我慢しろ、とは強要して言えない。しかし一方で権力を持つ者ならば、権力に付随する責任を全うしろという感情もある。
すれ違う……うーん、僕の感情も、すれ違う。

あ、それと。
タイトルの『地に降る』って、梨凛と玲明が地に脚をつけた、っていう意味にもかけてるのかな?




B04  坂を下る

画面見た瞬間の感想を一つ。
字の見た目の密度や段の行数とかが整然としていて、これがフェイクだったら凄いな、と。まるきり文体変えないとできないと思う。というわけで、これは字面の雰囲気から作者さんを探せるはず!
……って、字面から受ける印象が似てるのが連続してきた! しかも人称変えてる! 探偵泣かせだ!


さて。


怖ーーーーーーぃよーーーーーーー!!

どストレートな怪談と申しましょうか。長い梅雨も明けて夏らしい暑さがやってきた近頃、クーラーなんぞいらねぇ。ぞぞっと体に走る寒気。扇風機(若干壊れ中)のガタツキがちょっと空恐ろしい音になっていく……。
ひぃぃぃ悪霊退散悪霊退散! 最悪の状況を回避できた母子に幸多からんことを!

……て、思ったんですけどね? ええ、一読してすぐは。
でもね、この感想を書くにあたって考えをまとめていたら、待てよ? と。
本当に、本当に「死ね」という怨霊はいたのかい? と。
だって、『三歳児虐待死事件。実母に懲役十年』でしょう? 二年前に。そう、二年前です。実母、服役中じゃね? と。
そしたら色々不自然ですわ。じゃあ、あの影はなんだい? まさか実は色々生活に不満の溜まっていた主人公の見た幻影か? 多分、その「死ね」とか「苦しい」とかの言葉は、主人公が口にしていたことなんだろう。子どもが最後に『もうこわいこといわない?』と言っているからには、三歳の息子がそれを聴いていたということは、状況的に彼にそれを聴かせられたのは母親しかいませんから。おそらく無意識に、『妻として当然』と自分のストレスから目を逸らしていた母親が、相当追い詰められて意図せず――それも自分の声だと認識できない声で独り言を、呪詛をつぶやいていたと。そして、自らその言葉に追い詰められていたと。


……と。
ここまで書いて……何だかしっくりこない。何か見落としている気がするな……と思いましてね。少々反則ですが他の方の感想をちょっくら覗かせていただいて――ああ! そうか! あの影は不倫相手か!
だったら全部ピースが埋まる! 夫が蒼い顔をしてカーテンを閉めたのも、“休日出勤”ばかりなのも、何だか努めて今の生活を幸福だと思い込もうとしているような感触も、近所のひそひそも、聞こえた声は『男とも女ともつかぬ得体の知れない声』っつってんのに影を“彼女”と断定しているのも、無言電話も、最後の、夫への罵倒文句も!
事件は、母親が自分の感情を移入する先として最も適当なものとして、母親が強いて当てはめたものなんでしょう。確かに住所は書かれていない。あの家で起こったと断定できるものはない。ただ、その事件のせいに、幽霊のせいにしたかった。それほど、おそらくは人格が一時的にでも乖離するようなほど、追い詰められていた。
――って、変に幽霊とかより、そっちの方が怖……ッ!!


……それにしても。
作者さんにはしてやられちゃったな。
ああ、いや、単純に僕の読解力のなさ故か orz

あ、それと。
タイトルの『坂を下る』ってのは、主人公の精神状態がマイナス方向へ下降していくことの比喩でもあったのかな?




B05  暗い道を照らすのは……

地に降りて坂を下って、ふと そらをみあげれば、“きょーくん”が。

あー、なんだろうなー。重いのが続いて、これかー。じんわり胸が熱くなるわ、じーんとやけに目頭に来るわ、チキショウめぇ。
ちょっととろい子を囲んでいじめる子どもの図がありありと浮かぶ。本当にそんな感じで回ってますもの。描写がうまくて逆にちょっと笑ってしまったくらい。いや、笑えることじゃないんですけどね? それで泣いてばかりの北極星がいて、けれど困っている人を見て、一念発起。一人毅然と助けに出るその健やかさ。……いいなあ。
そして、そのことで見直された、それとも自分たちがガキだと思い知らされたんでしょうね、最後にはそれまで“きょーくん”をいじめてた二人も彼に謝って、今では仲良くやっているという微笑ましさ。いいなあ!

まさにここらでお茶を一服、の清涼剤のようなお話。
しかし……作者さん、これ、探偵にとっちゃ清涼剤どころか頭痛の種ですよ(汗
まさにフェイク! てんこ盛り感バリバリです。隠れるぜヘイヘイ! と腰振って踊ってそうです作者さん!
見たところヒントになりそうなものはなさそうだしなー。記号も普段は使わないのを選んできてるような感じだし。
最後ででっかいミスをされているので、時間ギリギリに出されたか……日記かどこかに誤記発見で悶えてらっしゃったらその方だろうけど(←意地が悪い見方してすいません)
あとは消去法か。うーむ。




B06  in ruins

クライマックス近くになって冒頭のセリフが効いてくる。
いやー、その真意が解ると、ただでさえ皮肉と嫌味に溢れた言葉がさらに嘲笑に満ちること。それはもう裏にいって清々しいほどに。

この話、どこらへんからかは解らないけれど、読んでいるうちにどことなく箱庭系っぽい世界観だなーと思ってたら、実際に作中で指摘されていてニヤリ。
もちろんこの世界観が駄目とかそういうわけではありません。この作品の主題を描くには最適な世界観だと思いますし、『箱庭』とするからこそ絶望感・虚無感に満ちた基底旋律が重さを増すのですから。……そう、絶望に、虚無です。この物語は最後、つま先は『踏み出せば応える道がある』と希望に向いてはいますが、その背中には常に“愉快犯”な創世神が寄りかかっている。そこは創世神の箱庭。どんなに復興させようとも、神がおもちゃ箱をひっくり返そうと思えばすぐにでも目茶苦茶になる世界。それでも、生きるためには人間はできることをしなければならないし、幸福への欲求から繁栄も目指さざるを得ない。けれど、やはりそこには創世神の嘲笑まじりの獲物が肥えるのを待つ瞳がつきまとう……。
思えばこの作品にはずっと、絶望と虚無の入り混じった『茫洋』があったように思います。そしてそこにスパイスを加えるのが、皮肉。そもそも冒頭直後、『ここは理想郷と名づけられ、理想を忘れ去った世界』と皮肉な文章から入ってるんだもの。
さらに、豊穣の女神が狂ったのは人間の欲求に応えたがためという展開。人間を裏切ったと断じられていた女神は、純粋に人間を思い、人間の願いのみを叶えようとしていた。それが行き過ぎて、人間以外のことはどうでもよく思っていた。だけどそれは、人間が人間の繁栄のみを望んだ結果だったという皮肉。そしてその結果訪れた世界の衰退を女神のせいにして、挙げ句殺したけれど、真実を明かされてみれば因果の巡りはほとんど人間のマッチポンプでしかなかったというどうしようもない悲劇。いや、冒頭のセリフから観れば“喜劇”か。
そこから転じれば、主人公が使えていた聖女は、女神の代わりに人間の業故に“先に殺されていた”という皮肉もある。最後、主人公は妙にさばさばとして道のある未来に向かったけれど、そのことに気づいているのかな? 気づいていないとしたら、この世界の行く先はやっぱり絶望と虚無が顕在化していくだけだとも思う。
もしかしたら、作者さんは現実にもこういう息苦しさを感じているのかなー、なんて邪推してしまいます。そしてそれをこの作品に込めたのかな? なんて。

あとね、この作品の白眉はやっぱり創世神の個性の強さですよ。この作品の全てを持っていっちゃってるもんなー。さすが、神!



B07  俺は不良

ニヤニヤでしたよ! ニヤニヤしっぱなしでしたよ!
不良だ道を外れてるだと言いながらも生真面目にザ・不良@少女マンガの王道を行く主人公が素晴らしい。もしや作者さん、暗に、道を外れたところでその先にも実は道がある――なんていう示唆もしているのかなぁ。

そして、この作品、無駄なところがないんですね。華美な装飾はなく、かといって装飾の不足はない。“ベタ”の持つ情報で奥行きを広げておいて、その奥行きに当てはまるベタを持ってきておきながら、それを作中内の“大人”が笑いながらも温かく見守ることで読者の共感を引き付けながら一つの引き締め作用ももたらしている。ベタを扱うのって難しくて、下手打つと読者の心を一貫して俯瞰状態にさせちゃいますからね。でも、読者側の人間が中にいることで、自然とこちらも素直にその世界に浸れる。
で、主人公を笑っていないのは、“少年少女”。『委員長』も、もしかしたら主人公と同類なのかな? 『番長』と同じように。そして最後に息子だけが“少年少女”の枠にいながら立ち居振る舞いは“大人”側にいるのが象徴的。それは昨今の少年少女の醒めっぷりを表しているのか、それとも息子の精神的成熟度を“現在の主人公”よりも大人にすることで、その比較から主人公の子どもっぽさ、あるいは『あの頃の不良少年はまだ、俺の心の中に住んでいる。』という主人公の(ちょっと間違っているようなきもするけれど)純粋さをより輝かせているのかは解らないけれど……ただ一つはっきりしているのは、不良と委員長がめでたくくっついて、息子はしっかり者で間違いなくハッピーエンド――ということ。ニヤニヤしっぱなしの読後感。
一つ気になるのは一人悲しい立場に残った番長君。
彼は今(エピローグ現在)、何をしているんだろうか。どうなっているんだろうか。こちらもベタの一形態、図書委員とかちょっと体の弱いご令嬢とかとくっついていると面白いんだけど。
で、主人公の下にペットを連れてやってきてるの。その時は昔の話――土手での決闘と委員長の誤解――で盛り上がって、動物看護士さんをげんなりさせてるといいな!

それともう一つ。
『俺は不良。道を外れた不良だ。』のくり返しで行われる場面転換がいいリズムと適度な息継ぎのタイミングを保っている。ていうか、その天丼で笑ってしまう。
んん、この作者さん、相当書き慣れている方と見ましたよ!


※この作品、葉山郁さんが作者でしょうか。何だか笑いのツボの押さえ方が覆面2の時の提出作品と似ているような気がするもので。ぱぽー。




B08  分岐エゴイズム

……あー、つらいなー、これは。
親友の好きな人に恋してしまいました。わりとありがちだけど、現実にもわりと聞く状況。もちろん往々として全ての関係が木っ端微塵に壊れる場合もあるし、一人が泣きをみる場合もあるし、うまく納まる場合もあるけれど……何にしたって非常にデリケートな状況。
そしてこの作品の場合、木っ端微塵。
でもさ、その原因は明らかに主人公、リョウ君、君だよ……。君は友情と恋愛を天秤にかけて考えるのではなく、天秤にかけられないと悩んだ末にどちらも天秤の皿から落として失ってしまっている。“友情(親友)と恋愛(想い人)どちらが大事”と考えるより先に“我が身可愛さ”を考えてしまっている――と、そう思う。
だから、最後、致命的な言葉を吐いてしまっている。『「俺は八田と付き合うつもりはない」』なんて言葉を、告白してそれを受け入れてくれた彼女の気持ちを踏み躙る言葉を恋敵に伝えれば、そんなの人間性を疑われても仕方がない。そもそも告白にしたって『俺が玉砕し恋情を忘れるための告白』と、支点は“俺が”に由来している。告白するということは、相手あってのこと。受け入れられる可能性を考えろ、とは言わないけれど、告白されてそれを断る八田さんのことを考えろ、くらいは言ってもいいかな? 告白してフられれば親友への罪悪感は消えるかもしれないけれど、もしかしたら“三人また一緒”に落ち着けるかもしれないけれど、その場合、負い目を最も背負うのは誰だろう。少なくとも、君じゃないよね。
最後にも、自業自得と解っていながらも、原因が分かっていないのだから救いがない。全ては主人公の我が身可愛さのエゴが故。

ああ、タイトルが……痛いなぁ……。


ところで、『二差路』って三叉路のことでしょうか。いや僕がこの言葉(三叉路の別名?)を知らないだけかもしれないので、ええ……。




B09  我往此道

バ・カ・だーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

あ、褒め言葉ですよ? もちろん。

もうね、口元が緩む緩む。これでもかと言わんばかりの大仰な文面、冒頭直後の会話を読み進めるうちにこれが明らかに意図的にケレンを加えた演出だとは分かったけれども、まさかそれでくるとは! エクストリーム・アイロニング!
そして(失礼ながら)、その競技を始めて見た者の誰もが思うであろうことを主題にしちゃったこの作品! そう、僕も渓流の上でアイロンする人の映像を見て「え? いや、何してんの?」と初見では思いましたとも。しかもその疑問に熱く、そう熱く答えるこの作品! そりゃまあスポーツってそっち方面に突き詰めると意味のないものだけど、アイロンのように(もちろん実用性のあるスポーツや実用性があるが故に生まれたスポーツもありますが)実用性のあるスポーツなんてほとんどないけれども、それを極めてそこまで言われましたらね? もうこっちとしては平伏するしかございません。
つーか、ジャックナイフとな!?
いちいち心境、伸治少年とくっきりシンクロしてね!? ……あー、いや、この競技に真剣に取り組んでらっしゃる方がいるんだから笑っちゃいけないんだけど、笑ってまうわー。
しかも、何か最後は素晴らしく綺麗にまとまってるし!

形式としては、コロコロコミックとかに載ってそうなほど誇張を効かせたスポーツ漫画形式、になるのかな。その小説版。
もう満腹です。お腹一杯。先生カッコよすぎです。
……もしかしたら、作者さんが一番書きたかったのは、先生のヒカルを諭す一喝だったのかな、とも思います。『表面だけにこだわって道を汚すこわっぱが!』先生、カッコよすぎです!


それと。
このエクストリーム・アイロニング。競技者(もしかしたらその参考文献の筆者)のインタビューを見たことがありますが、本当に楽しそうに語ってらっしゃるんですよね。
作者さんがこの作品で熱くこうやって書かれたのは、そういう映像を見て、何か感じるものがあったのでしょうか……。


※この熱い文章はフェイク。さらに作者さんは普段一人称の方が書き慣れているような気もします。ええ、根拠のない直感だけで言っています。




B10  夢の中、水の彼方、道の果て

随分偉そうな態度の門番だなー、と、思っていたら。
なるほど、そういう意味で門番か……。しかも二重に与えられた意味。一般的には魔法を用い転移の門を作る者としての門番。もう一方では、死者の通る門をも知る者としての。

死者の通る道、天国の門、色々な言い方や表現があるけれど、この作品のそれはとても……そう、静謐。滝のベールに隠された神殿という神秘性。滝が生み出す冷気や、滝の音が作り出すうるさいはずなのに妙に静寂を感じるあの不思議な空間が記憶の中から呼び起こされて、神殿の神秘性が身に迫ってくるよう。

そしてその神殿は一度脇に置き、やり取りされる門番と穴掘り屋の会話が面白い。最初に書いたように初めは門番が何でそんなに偉そうなんだ? と人物像が掴めなくて戸惑ったけれど、その戸惑いが氷解した後は二人の関係性にちょっとニマニマとして。
でも、そのニマニマとさせてくれる関係性があるからこそ、門番の『絶対に近づいてはならぬ』という言葉が不穏を差して。
穴掘り屋の職業的に、掘り当てちゃいけないものなのかなー? なんて思っていたら……哀しいな……門番。長寿が故の、哀しみだ……。
そして別れのシーンがねぇ、哀しいのに、綺麗なんです。門番の頬をとうとうと流れる涙に、神殿を隠す滝のイメージが重なって。もしかしたらその滝は、死者のために流され続けている涙なのか? と。そう思うと、滝と共に流れる門番の涙が、また哀しくも綺麗でね。
だから最後、焦りました。
え? まさかここで終わり? ちゃんと穴掘り屋は戻ってきたのかな作者さん!? と。
そしたらちょっと広い空白の後にハッピーエンドがちゃんとあって、安堵の吐息ですよ。作者さんの演出にまんまとやられちゃった(笑)


それにしても、門番は普段、あの神殿の番を常にしているんでしょうか。だとしたら物凄く大変だと思うんだけど……それとも、穴掘り屋だけは特別に見送りにきたのでしょうか。個人的には、そっちの方が好きだけど……まあ、これは個人的な好みですが、しかし、しわくちゃになった門番に、自分もすぐにしわくちゃになるとスッと言いのける穴掘り屋との関係には、その方が似合うと思いますしね。




B11  本とキム子とスイカバー

待ちなさいテレビ局の人間も怪しげな研究家も!
凄いじゃん。確かに目を瞠るような超能力じゃないかもしれないけれど、そういう“超能力が実際に使えて、流れ星の光を浴びたなら誰でも特殊能力を使えるようになれる”ってだけでも凄いことじゃない。つーか世界がひっくり返るって! 研究の余地は大有りですよ、もしかしたらそこから能力開発の道筋が立ってそれこそ目を瞠るような超能力を使えるようになるかもしれないのに!
テレビ局はともかく研究者! 貴様らそんなひっじょーに興味深い現象を前にして帰るなど研究者の風上にもおけん! って、ああ、だから怪しげなのか!

と、ひとしきり握り拳を作ったところで。
いいなあ。『野菜を握っただけで賞味期限がわかる』なんて、スゲー便利じゃないですか。でも……主人公の能力はいらないかな(苦笑 や、便利ですよ? 凄い便利で、小説関係の人間データベースになれるんだから、編集者とか書評家になるんなら絶好の能力かもしれません。だけどその代わり、本を読む楽しさがなくなるなら、僕はいらないな。確かに読む前から犯人が分かっちゃ推理小説は楽しめない(コロンボ形式もあるので一概にそうとは言えないけど)。もちろん小説は内容だけじゃなくて文章やセリフ回しとか楽しめる場所は色々あるんだけど……この能力はどこまで分かるのかな。それいかんによっては主人公は自ら自分の可能性を狭めているようにも思うけど。

……に、しても、です。
主人公・貴司君、その『仕返し』はいただけないわ。内容が酷いっちゅうかせこいっちゅうか可愛らしいっちゅうか、まぁ、それは横に置いておいて。だってさ、君がしていることは『仕返し』じゃなくてただの八つ当たりだもの。ああ、でも『個人的な仕返し』って言っているから八つ当たりだとは自覚しているのかな?
それだから、宮内君はキム子ちゃんを正々堂々フったのに(結果として彼女を泣かせたのは事実だけど、これは宮内君が悪いわけじゃない)主人公に仕返しされちゃって災難だなぁと思っちゃったから、貴司君には同情できなかったよ。あとやっぱり意図的に犯人バラシはやっちゃいけない。人として(苦笑
とはいえこの子どもっぽさ、って言っていいかな。それがあるからこの作品は面白い。むしろ、貴司が『仕返し』などせず“大人”な割り切りを見せていたら、この作品を読み切った時に味わえる独特の空気感は失われてしまっていたでしょうし。
キム子はいかにもちょっとませた女の子って感じだし、彼女に思いを寄せている貴司の不器用さといい、段々と思春期本格化していく直前の男女の夏休みの小さな――ほろ苦い思い出――という様相で。
奇妙な憧憬すら感じる、遠い夏の日、嗚呼……。


スイカバーか……そういや、久しく食べて無いなー。種がチョコなんですよねぇ。
(後日買ってきて食いました。久々のスイカバーはうまかった!)




B12  光の道標

何だかエロイよ! 耽美なかほりがするよ!
文章を読んでいる時、不思議と頭に浮かぶ物体はみんな細い線で縁取られていました。そして時折、その中に飛び込んでくる色が実に鮮やかなこと。ワンピースの白、千代紙、そして万華鏡に使われる材料の様々な色。
この作品は思考で読むと言うよりも、色彩感覚で読むほうが楽しめそう。
透き通った光の中で輝く万華鏡の色輝きが幻想的であるように、光しか認識できぬ少女の存在感の頼りなさ。しかしその彼女は青年の感情にひっそりと、しかしがっしりと食い込んでいることが青年の行動から伝わってきて、最後、唐突な口づけがそれまで完璧に隠されていた青年の――むしろ少女に心を囚われているようにも感じる――情の爆発に感じられて強烈なインパクトがある。いや、直前でじわじわと盛り上がってきているのを匂わせているから、火薬へつながる導火線の火を追っていた目に、爆発が飛び込んできた……という様子か。青年と少女という年齢差を感じさせる関係から、妙に背徳的な感覚も受け取ってしまう。

そしてその青年の行動に対する、光しか感じない少女の一言が、うまい。
確かにこの作品の中で最も動的だったその感情の表れ、眩しかった。

投稿者 楽遊 : 2009年08月21日 22:05

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