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2009年08月04日

覆面作家企画4:Dブロックの感想

D→C→E→B→F→A→答え発表→G(反復横跳び)の順で感想を上げようと思いましたので、初っ端、Dブロックの感想でございます。

盛大にネタバレをかましています。未読の方はご注意です。
明後日の方向を向いた深読みをしている可能性があります。
明後日の方向に展開すると感想が長くなる傾向があります。
勢い任せにおかしななことを口走っている場合があります。

お手柔らかにお願い申し上げます m(_ _)m



D01  帰らずの坂

狸ばかりのその中に生真面目な武人が一人。
惟尹の真っ直ぐさときたら、鬼退治の場にいるはずのない人物がいるというのに、そのことについて一切の疑問を抱かず、それどころか迷いなく彼らを窮地から救おうという純粋さ。
……いーやいやいや! もうちょっと状況認識していこうよ少将!
明らかに違和感バリバリの『鬼の出現→鬼の調伏→ガマ登場』の流れ、もうツッコまずにはいられない。
なにしろ観客(読者)は状況を理解している・が、主役は状況を――その好漢たりえる性格から認識せず、さながら二枚目と三枚目の間の立場で大立ち回り・だから観客は心の中で叫ぶ「敵! 少将! 君が助けようとしてるのが『鬼』!」志村ー後ろー!!(←違う)
台詞回しにテンポの良さもあいまって、まるで舞台を見ているかのような気分。いや、それよりも講釈付きの舞台なんかにしてみるととても映えると思う物語。
個人的に良い味を味わったのが汚い翁。明らかに陰陽道に通じてるジイサン(でもやっぱり惟尹は深く突っ込まない、でもそれがいい)。このキーパーソンの翁が怪しく、そして存在感があるからこけおどしの『鬼』よりもこいつをどうして止めるんだ? と思ったそばから絶妙のタイミングで登場するヒーロー。綺麗な流れに、んー、爽快。
その爽快感を高めているのが、ラストの一言ですね。乞食然とした翁も怪しいが、さらに妖しい陰陽師の茶目っ気あるプライド。んー、愉快。
少将はもうちょっと疑り深くないと後でえらい目に会うと思うけど、変わって欲しくない気もして。
そしてこの生真面目さはすれっからした清明にいい化学反応を与えると思うのです。ひとまずべろんべろんに酔っ払うまで杯交わしてみたらいいと思うのです。




D02  サヌザと共に ~草原の道~ 注

次から次へと湧き出る語彙。
草原の怪、古に滅びた都にあった舞姫の物語、そして語り継がれいく記憶、豊富な言葉の絨毯が描く絵巻を眺めているかのような心地良さ。それともさながら平家物語を詠う琵琶法師の声を聴いているかのような快さ。……いや、ここは吟遊詩人の方が合うかな?
特に圧巻たるは老婆の昔語りの最後の段。
それまでは草原に、夜と炎と単調な色が支配する景色ばかりだったのに、ここにきて一斉に鮮やかに色づき、悲しくも美しい宴の情景が目に浮かぶ。多分、ここで最も重要なのは着飾った衣装ではなく、豪華な料理でもなく、アーモンドの花なのでしょう。少なくとも僕にはそうでした。『アーモンドの花』と、『砂鳥』という特殊な動物の住まう世界に知己の存在が出てきたから、聴き眺めるだけだった異世界が急に身に寄って感じられた。鮮やかな花の色に照らされて、でも『花』という言葉の持つ儚さに染められて。だからこそ、最後の舞姫の行動がすとんと落ち、王らの最期が、沁みる。
誰かに朗読してもらいたいタイプの作品。
そして、砂鳥です。砂鳥! 良いなぁ! 飼いたいけど、絶対飼えないけど! いやだってデカ過ぎますよ! でもね、そのふかふか羽毛で寝てみたい! 春がいいな。ちょっと暖かくなってきて、だけどまだまだ寒い頃。雪解け水の流れ込む山里、気の早い野草が新芽を出してきている頃、まだ冬の星座がまばらに残る頃! 絶対に気持ちがいいと思うんだ! 暁? そんなん知るかと眠り続けてみたーぃ!!

……と、言いますか。
作者さんも絶対欲しいでしょう、砂鳥。描写に熱力こもってたもの。

あと、もしかしたら『注』を付けるかどうか作者さんは物凄く悩んだんじゃなかろうかと、そして疑わしきは付けてっちゃえと判断したと、そんなことを推測してみます。




D03  ナキオニ

初めに浮かんだのは、代わりに泣いてくれるモノ。次に思い浮かんだのは鬼籍、そこに入った者。最後に思ったのは、そうきましたか……(してやられた感)。
落ちはこうだ! と見せかけておいてそれを裏切る短編の切れ味。ええ、ざっくりやられました。

……でね。

ここに来て今思うのは、『日常』を『鬼』にするのは、それもまた凄いな、と。作者さんがどこまで考えて鬼の面を被せたのかは判りません。でも、『日常』を『鬼』に変ずるということは、作者さんの考えの中には少なからず『日常は“鬼”だ』という意識があったのかな? と、何となく思ったりもするのです。
確かに、日常って『鬼』です。転ぼうが、風邪をひこうが、給料日に生活費を入れた封筒を落とそうが、母を亡くそうが、日常はやってくる。憎らしくなるくらいマイペースにおはよう今日も良い日だね! と押しかけてくる。決して避けられない。
確かにね、日常を取り戻すにつれて、主人公にとって母の死は過去へ過去へと押しやられ、そうして主人公は母の死を少しずつ忘れていく。それを甘受する自分を『酷い奴だ』と言う。でも、それなら、それを強いる日常こそが本物の鬼だもの。
……だけど、鬼がいるから先に進められるのも事実なんですけどね。それに忘れてしまうことはけっして悪いことじゃない。それは忘れるんじゃなくて、多分、『母の死という事実』が色んなものが積み重なって出来ている『日常』の、積み重なっている色んなものの中に『母の死という非日常』が溶け込んで馴らされる、そういうことだと思うのです。

……なんかねー。
色々思い出したり。
色々思いを馳せたり。
しんみりしちゃった……。




D04  黄昏ストーキング!

ヘイ、クソヒッキー!(笑
なんて言いますかね、プリンへのこだわりに笑いましたとも。そうかー、本格プリン派なのか。僕は美味しかったらなんでもいいです。というかプッチン系プリンとそうじゃないプリンはほぼ別物として認識してます。ああ、関係ないですね。
饒舌なつぶやき、いちいちケチをつけているような理屈をつなげているような独白の流れが主人公の姿を活き活きと浮かび上がらせています。作者さんのこだわりも色々入っているんだろうし、色々とネタが仕込まれている。ニヤニヤしっぱなしでしたよー。言葉の運びがうまいなぁ。
ただ、途中でターゲットが誰か、それに予想がついてしまって。いや、何でかは判らないんですけど、ああこの人だろうなと。で、やっぱり、と思ってたら――ちょっと危なくも感じられる彼女への思いが綴られて、おっとそっちの方向に物語が進むのか? (注)じゃなくていいのか? と思ったところに意表をつく托卵論が展開されて、そしてその論理に何だかすっごい納得させられること! カッコウを悪者扱いするのはよく見るけど、なるほどそっちの視点で見ればそうとも言えるかと感嘆。そうだよなー。カッコウの親はともかく、他鳥の巣に放り込まれた子は殻割ってすぐさまサバイバルだものねぇ。
いやでもしかし……この主人公、感情の動きが忙しくて面白い。さらに、『彼女』もなかなか変わり者? 主人公に対してその告白は、気まずいとか、あの、そういう感覚は……
そして主人公は急転直下の環境の変化――片付けられた部屋どころじゃない変化にこれから相対しなくてはならないわけですが……まあ、何となく根は良さそうなので、大丈夫じゃないかな。ぐちぐちいいつつ、部屋でちっさくなってても、いずれ順応しそうな感じがするし。いざとなればそのソフトを作り上げた技術力で『独立国家』を作ってしまえ!

あ、『彼女』はきっと教職関係の職についているんでしょうね。




D05  払暁 注

歴史の中で、おそらくは語られることのない物語。もし語られるとしたら、それは初めは噂として人の口に乗り広がっていくであろう忠臣の悲話。
しかし悲しいのはその結末ではなく、その結末に至るまでの道。忠臣の煩悶が忍ばれる。
この作品の中心にあるのは、忠臣と王の関係ではなく、むしろ心強き者と心弱き者の差異。「心弱き王の姿」を描くことで、自らの心を変えることもできない「弱さの姿」を描き出している。そしてそれが、その心弱き者が王という座についていたために起こった一国の衰亡を哀れにも飾り立てる。

一方で、王とは対照的なのは忠臣・江朴青。
彼は一つの強さの象徴として物語内にある。己の覚悟を全うし、己の罪を次の時代の火にくべる。けどね、ふと思ったんですよ。もしかしたら、江朴青も一つの『弱さ』を描いているんじゃないかと。意図的にか、結果的にか、作中にある一文「心強き人は、己が間違いを知ればすぐさま道を改める」――江朴青はどうだったろう。作中で王は「心のどこかでは己の間違いを知りながら、それを認めるには自己愛が過ぎた」と指摘される。江朴青は、きっと王に諫言を与えなくなった己の間違いを知っていたろう。それを認めてもいたろう。が、結局、諫言を与えない彼の間違いを、彼は正すことはなかった。それが“弱さ”ではなく“疲れ”を由縁にしたものであっても、極めて言うなれば彼は『心強き人のように、己が間違いを知ればすぐさま道を改める人物ではなかった』……とも思う。もっと突き詰めれば『疲れに負ける弱き心の持ち主であった』とも。極論であることは重々承知。でもね、うーん、難しい。
強さ、弱さ、そのことにうーんと唸りながら、しばらくこの感想の筆を止めて考え込んでしまった。




D06  だから私は解放を願う。

組み合わせの妙とでも申しましょうか、D05読んだ後感想書きながらうーんと唸ってた直後、冒頭の一文読んだ時に妙な衝撃がズガンと脳にキタキターッ!

……コーヒー飲んで落ち着いて(ほんとに飲みました)。

ほんわか恋愛学生ライフな導入部。
胸がチクチク切ない恋愛ストーリーな展開部。
そうしてハートドキドキのクライマックス!
いいですね! そうきたかーーーーー!
これまた短編の切れ味。読者の予想やそれまでの話から想起されてるイメージを根元からブチ折る落しどころ。き、綺麗にやられてくずおれる僕の呑気なラブストーリー観劇モード。
最後まで読むと、ただでさえ切なさを持つ冒頭の一文の、その切なさの倍増すること。そして、もどかしさというか、後味の悪さというか、そういう影が差すこと。
この作品、色々と技も盛り込まれていて読み終えた後は感嘆です。歪な『主従』の描き方。ある程度あざといとも思えるくらいの悪役ぶり。だからこそこの話には何か裏がありそうだ、と思わせられるんだけど、そう思わせておきながらオチをひっくり返すまでは(後になってみれば臭わされてはいるんだけど)気づかせない。そのために効果絶大なのが、主人公の、恋に恋する感がある女の子の一人称。軽い文章と軽い言葉遣い。主人公の想いに読者の――というか僕の目は眩ませられていましたとも。さらに怖いのが『この企画の怖さ』。フェイクバリバリかけてそうだなーと思うとただでさえ周到な罠がより強固に!
くっそー、作者さん、きっと男性だ!(悔し紛れの遠吠え)

――に、してもね。
いばらの道に行かなくてもいいと思うんだ。もしくは、いばらの道に踏み込みながらも、そこから逃れようとするのもいいと思うんだ。でも、身近にいる狂気を帯びた人間を相手にするのは、それだけ自分の周囲への危害を警戒もしてしまうか。何か、そういう事件も現実に起こっているし。願わくばお嬢様が解放される日が、できるだけ速やかに来ることを。

って、ここまで書いてもう一つ怖い可能性をちょっと考えちゃったんですけども……
まさかあの『主従』。何だかんだで“共依存”の関係じゃ、ないスよね?




D07  坂道の効果に関する最新知見 ~女性研究者を対象として~

やー、今度こそほのぼの恋愛風味だ。
タイトル、さて何のことやらと読み進めていると、何とまぁ坂道がない、というか『高低差がない』大地とは! 思い切った世界観に、だだっぴろく、どこまでもどこまでもどーっこまでも360度一面周囲地平線という眩暈のしそうな光景が頭の中に広がりました。実際、目を開けて始めて見た時はすっごい感動すると思うんです。けれども、しばらくまっ平らな大地にぽつんと立っていたら絶対に不安になると思うんです。一体、子の中でどんな社会が再構成されたんだろう……(←主力がSF系の人間の悪い癖ことシミュレーション中)。

おっと、それはさておき。

主人公の彼、グロット君。健気だなぁ。惚れた女のためには違反も犯す、無茶するなぁ。
もうグロット君の献身振りが素晴らしい。惚れた弱みというか、それとも根っから尽くすタイプなのか。原動力を生む炉心がすなわちベルちゃんなんだねー(いや、きっとそういう風に呼んでたと思うんだ。今はともかく)。
その一方でいかにも研究に没頭するタイプのベルルックの素っ気無さ、ある意味で単純明快な気性の対比が面白い。何かね、ニヤニヤですよ。にやにや。ほぼ告白の言葉を叫んでへたり込んじゃうグロット君に、坂道転がり突っ込んでいくベルルックさんのそのシーンの、なんとコミカルで微笑ましいことよ。でもさグロット君。もっと押さないと。いつの間にか現れた押しの強い奴にベルちゃん持ってかれても知らないぞー(笑

それにしても坂道がない、という感覚には現実感がないですが、想像してみると相当に不便ですね。階段ぐらいはあるんだろうけど、階段とスロープは実用性が全く違いますし。スロープに車輪を転がすのはわけないけど、階段は無理。強引に下れても登るのは難しい。……『坂道(斜路)』の存在感、凄いな! 立体的な都市設計が出来ないんならそりゃあ早晩『都市設計』なんて行き詰るでしょうとも。そして主人公の彼が画策した男女の仲を進展させるごろごろドッカンなんてのも無理ですとも。階段でごろごろドッカンをやったらそりゃ事故ですし(坂でも打ち所悪けりゃ事故だけど)、そういえばスキーやらスノボやらのゲレンデ溶かすよな恋しちゃう! なんてのも無理ですし。
……凄いな、傾斜!




D08  御堂関白の御犬を可愛がる事

陰陽道第二段! ここで告白いたします。陰陽道の話(現代ファンタジーに出てくる程度のもの以外)には触れる機会がなかったため世界観についていくのがやっとでしたが、少しだけ理解が深まりました。というか、なるほど(この言い方は嫌われるかもしれないけど)ブームになった理由が判ります。特に歴史と照らし合わせてみるとまた作品への楽しみ方が深まり、うん、面白い。御堂関白は道長か! 御堂関白の御犬を可愛がる事ってのは、後ろに例えば『御堂関白の御犬を可愛がる事甚だしく、その理由は……』みたいな感じかな? そしてやっぱ清明は妖しいな!

ほぼ一行~一行半で段を切っていくため、文章からも文面からも淡々とした印象を受けると同時に軽妙なテンポの良さを感じる。また、空気を作る言葉がちゃんと選ばれているし、余計な装飾も削ぎ落とされているから一気に妖の世界に引き込まれる。
けど――これは計算なのかどうかは判らないけど――逆に、引き込まれながらも理解は遅れる。戸惑う、と言ってもいい。情景は解るけど、状況が解らない、と言ったところでしょうか。
おおよそ短いセンテンスでリズムを取る地文に、それよりも端的なセリフが並び、唐突に主人公――この場合は読者の立場を代理する男の子がそれに当てるかな――と同じく正体不明の者どもの会話に、それもその途中から放り込まれるから戸惑いは増す。かつ、主人公の心情と素直にリンクする。
けど、読み進めるとなるほどなるほどと話が……それこそ冒頭のモヤが晴れていくかのように見えてくる気持ち良さ。構成の妙。
タイトルに『犬』がいるから、失態を犯した犬がどう可愛がられるのかという疑問が常に頭の片隅にあって、それもラストですとんと嵌るべきところに答えが嵌る気持ち良さ。
腕が達者な方だなー。
大半がモヤのかかった世界だったけど、ラストは晴れ晴れと、まるで掛け軸に見るような公家の世界が目に浮かんでくる。これを支えているのが、成長した男の子の言葉。恩人に問いかけながら、今でも借りを預ける陰陽師を相手にしながら、それなのにどこか恩人を食ってしまうような調子を感じる一言。ん、実に爽快。




D09  道案内

綺麗な構成が続くー。綺麗な流れに乗った心が揺さぶられるー。
仕掛けは流々。お代は観てのお帰りで。ああ、お帰りと言ってくれる人がいて良かった。そして小さな伏線が、最後に大きな渦を巻いてじーんとくるんだ。

タイトル通りの道案内。実のところ、道連れ。だけど、一週回ってやっぱり道案内。
何とも不思議な死出の道。風景描写におどろおどろしいところはなく、不気味なところもない。多分それは妙に現実感のある住宅街を二人きりで歩いているから。ここに無言で歩く人の群がいたら不気味だろうけど(後で実際に出てくるけど、ここでも駅ということで通勤ラッシュを思い出し、不気味さよりも妙な生活感を感じる)、それもなく、現実味はあるけど何だか人の気配を感じないからやはり異界であることを思わせられる住宅街を歩く二人から悲壮感は受け取れない。
けど、そこにひらりと黄色い蝶が飛んできたところから、一本糸が張り詰める。蝶の羽ばたきは人の耳には聞こえないし、そういう描写もないけど、なぜかうるささを感じるようになる。耳に障る静かさ、とでもいうのかな。その静かな羽ばたきが、男の子の焦りを煽っているようで、こちらの心にも障る。
何を苛立っているのかと思えばなるほど、確かにそれは悲しいだろう。妬みもあるだろう。道案内の少年の、怨霊まがいの行動。けれど少年の素直さに、彼も助かればと思わされる。
けれど、道案内は一匹の蝶。黄色の羽ばたきだけ。
出口に着いた時には、どうするのかと思いましたよ? こうなったらお姉さんが逆道連れにしてまえ、無理矢理でもこの際ハッピーエンド万歳! と思っていたら、その不安を実に気持ちよく裏切ってくれること! そうか。あそこで出てきたその花は、蝶を出すための小道具ではなかったのか。そうか、その花を好きなことは、その子の名前と同じだからと彼のその子に対する情を補強するためのものじゃあなかったのか。
花と蝶。
春の光景浮かぶその二つ。春は命が再び芽吹く季節。その印象と共に、ただいまと泣き笑いが、心に沁みる。
皆、仲良く暮らせー(T T/~




D10  その道の先にある

意外な展開でした。まさかそういうジャンルにつながるとは……っ。
冒頭からキャラを立たせまくる少女。
場面転換し、交わされるのは不思議なやり取り。そして凪埜に会いにきた旦那さんの心痛はいかばかりのものか。妻に先立たれ、さらにはその妻から父としてもう一つ辛い――喜ばしくも複雑極まりない未来の別れを宣告されるとは。
そこからもう一度場面転換し、そこで区切りの中にあったエピソードが時系列的に過去のものだったと分かると同時に、驚いた。ええ、驚きました。ここからラブストーリーかい? 父ちゃんの泣き顔を見られるのかい? と、思いきや、何と超能力探偵系になるとは!
しかし一瞬戸惑いはしたものの、ジャンルを飲み込めば冒頭の理世のキャラを立たせていたエピソードが――この一筋縄ではいかなそうな子と果たしてどうやって結ばれるのかな? と思ってました――見事なネタフリになっていたことに気づいて、その後はもう純粋に事件の解決と理世ちゃんと凪埜のやり取りを楽しみモード。無事に解決した事件の顛末と、呼び名についての何だか初々しいやら微笑ましいやらの二人のやり取りに、にやにや。
――と、ここで凪埜の姉の話題が出たところで、ふと理世ちゃんの親父は凄いな、と思いまして。
いやだって、未来の娘の花婿の姉と結婚ですよ? ややこしい。いや、ややこしくなるのは理世ちゃんの親父の心情です。だってもう既に花婿(予定)とは親族なわけです。というか、再婚の前に花婿予定者のことを知っていて、それでなおその姉貴と結婚するわけです。父から娘を奪う男と“先に”親族になることを覚悟で。「結果的に」と「既知の上で」ではニュアンスがかなり違います。親父よ、考えなかったのですか? 結婚式で手紙とか読まれちゃいますよ? 『叔父さん』と結婚しますとか言われちゃったらどんな顔で泣きます? 彼は貴方の『義弟』でもあるわけです。けどそれからは義理の息子にもなるわけです。彼からすればお義兄さんでありお義父さんになるわけです。孫が生まれたらそれは義弟の子が孫になる理屈です。妻の甥か姪が孫になるわけです。いや、現実ありえないことではないですが、何だか書いてる僕がややこしくなってきたのでここらで止めます。親父……複雑心境を今から覚悟しておくんだ! っつーか蓉子さんは『孫』からはどう呼ばれるんだ? おばさん? かつ、おばあさん? 真ん中に“あ”が加わるだけでえらい違い! ああ、いや、もう止めます! とりあえずこれとは関係ないところで、犯人は『事故→子どもに気づく→うっかり触る→指紋を気にする→連れて行ってしまえば何とかなる!』と考えた、でいいのかな?

……とね?
ここまで思って、ふと思ったのですよ。
理世ちゃんの亡き母は、もしやここまで『見えて』いたんじゃないかと。この複雑で愉快な家族を。もちろん凪埜が信頼できる男性だという光景も見たのかもしれません。でもね? もし亡きお母さんが死の間際に、その道の先にこの楽しい家族の光景を見ていたとしたら。彼女が死の間際にそれを受け入れ、なおかつその未来を、“自分のいない”その未来を安心できる幸せな未来だと受け止め微笑んで、そうして旅立っていったのだとしたら……本当にすごい人だと、そう思ったのです。




D11  夏の夕凪、丘の上に寝転びて星を待つこと

山の星空って、すげーんですよねー。前に星座――というか星に詳しい友人に連れて行ってもらったことがあるんですけども、何て言うかね、普段『町中でも見られる』っていう程度の星しか見ていない人間からするともう現実感のない光景と言うか。それが地球から見える本来の星空、と頭で分かっていても、ちょっと高いところに黒いスクリーンがあって、そこにぼんやりと映写機がプラネタリウムよろしく星や天の川を投影しているんじゃなかろうか……て。時々流れ星が落ちて、稀に火球が夜空にまるで電光を灯して。余計に幻を見ているように感じられて。

――と、冒頭の文から昔見た星空を思い浮かべて、とんぼに糸を結んで遊ぶとは牧歌的だなぁと思いながら、そこに『銀河鉄道の夜』と宮沢賢治が出てきたからには童話的な流れか、あるいはロマンティック系に行くのかな? もしや少年期に大きな影響を与えて去った先生との感動的な再会があるのかな? とか思っていたら!
苦い。
切ない。
そして、怖い。
うん、僕は怖かったです、羽瑠希さん。恋は盲目とは言うけれど、一つの事件を契機に一度目を覚ますか、それとも視界を広げることもなく、さらに思慕を募らせて猛進していくんだもの(ああ、そうだ、この『猛進』って単語、もしかしたら「妄信」なり「盲信」なり「盲進」にも掛かっているのかな)。
だから正直、主人公のタル君に感情移入が出来ませんでした。タル君は幼馴染、かつ初恋の相手を『知らない女を見る気持ち』になってから、そこから再び羽瑠希さんへの情を深め出していったけど……うん、その感情の流れが解らないわけじゃないんだ。もちろんこの話がおかしいと言うわけじゃありません。そういう心の移り変わりがないとも言わない。
だけど単に個人的に、僕は情が『裏切り』を経て憎しみに変わるほど慕っていた先生を、あれほど慕っていたタル君が、先生の『裏切り』の真相を知ってもその感情への決着に心向けるより先に恋心を再燃させるというのがどうにも納得できなくて。果たして、ここで恋愛感情は目覚めるのだろうか、って。タル君は先生に間違った憎しみを持っていた自分のことを恥じてもおかしくないし、それに対して先生に謝りたいとも思うだろうし、その原因の幼馴染を前にして、彼女の行動についての非難も理解もあるだろうし、会えなくなった・会えなかった先生への思慕だって起こるはずだし、そうしたらそれにつれて先生への憐憫も感じるだろう。そしてもし憐憫を感じてしまえば、目の前の、結果的に先生を自殺に導いた『見知らぬ女』を複雑極まる感情を差し置いて素直に愛しいと思えるだろうか……蠍とオリオンの神話の、『銀河鉄道の夜』のその炎を「希望」に則して捉えられるだろうか……って。
いや、これがもし冒頭で上京しちゃった初恋の女性を思うタル君だったら、この流れも素直に受け止められたと思うんです。でもタル君の心は先生への思い出で一杯だったから……。
それとも、タル君が感じた愛しさは、もしかしたらむしろ同情に近いものだったのだろうか。タル君も先生のことを慕っていたから、同じく先生を慕い、そして失った女性に対して、過去の恋心も手伝って、それが愛しさにつながったんだろうか……と。
そんなことを考えながら、『「本当の幸せってなんだっけ」という言葉』が頭によぎるばかりで――

本当に、幸せって何だろう。
それこそ夜空に浮かぶ星の数ほどの形があるんだろうけども。

――と。




D12  ハイカラ娘と銀座百鬼夜行

和洋折衷の大正デザインっていいですよねぇ。いや、造詣は深くないんですが。

さて、その古きものと新しきものがせめぎ合っている時代で、それもモードの最先端(ていう認識で間違ってませんよね? 『銀ブラ』だし(汗))の銀座を舞台に百鬼夜行を持ってくるのが……言い方は変かもしれませんが、風情があります。情緒豊かな百鬼夜行、とも言えましょうか。その情緒は負の方向に向いているわけだけども、それでも人間が過去の物を過去に置き去っていく業とでも申しましょうか、そういったものが、新しきを憎んで焚書という蛮行に至る輩を嘲笑うように現れて、けだし日本の進歩の象徴の真ん中を練り歩く。これぞ妖怪――ってね。
それを目撃するのが……しかも逃げ出したのが『古き』を懐かしんでいる文士崩れ達で、逃げずに見るのが『新しき』を求めている女史二人という構図が面白い(千歌絵さんはどうしていたかの詳細は不明だけど)。果たしてそうやって逃げずにいたのが『古き』を捨て去ろうとするがゆえに『妖怪を恐れる』ことがなくなっているためか、単に『新しき』を貪欲に吸収してなお未だ満足に至らない好奇心によるものかは分かりませんけどね。
そしてもう一人、『見ると死ぬ』百鬼夜行を見物する書生のキャラの良いこと。諦観じみていて、どことなく世の中から距離を置きつつも、“世話になっている”相手に気を遣う社会性。その上でお狐様を連れ歩いてるときたら、そりゃあもう大正時代の、急速な社会の変化に伴い起こる事件・怪事件の数々を解決する謎の青年役にぴったりです! で、その傍らには彼を尻に敷くハイカラ娘……ときたら、これはもう長編の導入部、あるいはそれを紹介する短編ではないですか!
作者さん、シリーズ化を考えてるはず! 推理のヒントはそこだ、意気込みにそれを臭わせている者はいないか? 洗えーーー! ――と、おかしな探偵気取りはここまでとして。
百鬼夜行の中で一番心を引かれたのは『細長い体で跳ねるようにして』歩く瓦斯灯でした。ちょっと『千と千尋の神隠し』の一場面を思い出しながら、ふと、このガス灯で照らされていた銀座はどうだったのかなーと思いまして。というか、ガス灯で照らされる街並みって今はいい観光材料になるんじゃないかな、と思いまして。
で、調べてみたら今は銀山温泉がそういうのやってるそうで。それなら画像もあるだろう、ガス灯の風情ってどんなん? と検索したら映像が引っかかりまして。見てみたらまあこれまた情緒あるもので。
この光に照らされていた銀座はそりゃあ綺麗だったろうなぁと、この作品を読んだ直後でまだ世界観・大正モードのままの僕は、『古き』に思いを馳せたのでした。

投稿者 楽遊 : 2009年08月04日 21:21

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